「アカシック・レコード」

 アカシック・レコードという言葉を御存じでしょうか?テイ・トウワ氏のレーベルの事じゃありません。レコードとは記録という意味です。人間の脳の中にアカシック・レコードと呼ばれる部分があって、そこには初めて地球に生物が誕生したプランクトンの時代から、人類誕生そして現代に至るまでの遺伝子レベルの記憶が詰まっていると言う学者がいます。そして、宇宙にはエーテルという物質が充満していて、そこにも宇宙創世からの全データが保存されていて、脳内のアカシック・レコードとつながっている、という説です。つまり、宇宙の全データを持つホスト・コンピュータに我々は端末機として常時接続可能という荒唐無稽な話なのです。科学者的見地から見るともうムチャクチャなのですが、作曲家的見地から見るとなんとなく理解できる気がします。

 作曲をするとしてもそれは本当に自分の考えた曲なのでしょうか?無論、色んなアーチストの影響も受けて来ているし、平均律12音階という現代もっともポピュラーな作曲法で作る以上、誰かの曲に似てしまうかもしれません。だからこそ細心の注意を払って、オリジナリティーにあふれる作品を作ったとしても、本当に自分で作ったと言えるのでしょうか?

 作曲の作業が興に入ってくると、作っている曲の続きを心の中から必死に聴こうとします。楽器を弾きながら「これかな?いや、こっちかな?ちがう。おお!これだ!これ!!」の時です。既存の音楽(自分の知ってる曲)に似せようとして、音を探してる時は大した事もないのですが、自分の能力を超えた世界に挑戦している時、音が見つかると感慨もひとしおです。作曲家の至福のひとときともいえるでしょう。その時、僕は不思議に思うのです。「音を見つける?」「どっから?」

 ボルヘスという文学者の小説で「バベルの図書館」というのがあります。巨大な図書館があって、そこには「あ」という一言だけの文章の本もあれば、「あい」というだけの本、「あいう」だけ「あいうえ」だけ「あああああい」「うあえあお……」つまり、ほとんどが意味をなさない言葉の羅列なのですが、そこには偶然意味合いのある文章も出来てくる。ひらがな50音の50乗×ページ数×カタカナ50音の50乗×全世界の言語数×文字数のページ数乗………それはそれは数えきれない「無量大数」な本の数がある図書館の話なのです。図書館の中には意味をなさない本も無数にあれば、人類にとってムチャムチャ有益な本もある、という非常にパラノイアな作品。僕はこの小説が大好きです。

 パラノイアといえば、物心ついてから今までの自分の歩いた歩数を覚えている友人がいて、これまでの歩数で、月まで歩けただの、地球を何周できただの言ってる奴がいたなぁ…

 話を戻しましょう。「バベルの図書館」の話は、作曲家が必要なフレーズを探すのに似ています。作曲とは、無数の音の羅列の中から自分にとって意味のある配列を探す作業なのです。そして、曲を作り終えた後、僕は思うのです。「いい曲が見つかって(出来て)良かったぁ。」あなたは作曲家として無責任に感じるでしょうか?いい曲とは偶然に作曲のアカシック・レコードに接続できて偶然に見つかるものが多いと思います。優れた作曲家はこのミラクルを常に起こせる人なのです。決して技術だけでは無いのです。

- 文 弘田佳孝2000年 株式会社サクノスホームページ コラム「作曲のはなし」より


back