「あなたの知らない世界」

 あなたの知らない世界。心霊体験の再現ドラマなのですが、子供の頃、見るのがとても楽しみでした。 これが始まると、もう夏か。と思ったものです。怨霊、幽霊。僕の知らない世界。たしかに知らん。 しかし、目に見えない世界はなんと美しいのでしょう。再現ドラマの当時のチープな演出は子供に想像の余地を 与えてくれたものでした。

 京都に居た9才の頃、祖母が他界して葬式だの初七日だの、家でひととおりやりました。 皆さんは御詠歌というのを御存じでしょうか?綺麗な音のする鈴をチリーン、チリーンと鳴らしながら、 お経よりも少しメロディアスなラインのものを唱える(歌う?)のです。そして夜、仏壇には爛々とした沢山の大きな花々、 ロウソクの形をした照明が、薄いイエローにアイボリーを混ぜた色合いで照らし、淡い光の不思議な提灯(提灯の中で七色の ライトがクルクル回る)が水色、ピンクとパステルな色で、和風なプラネタリウムのようでした。
  線香のにおいと虫の声もよい演出をしてくれました。あぁ!死者はなんとキレイな世界に行くのだろう! と、子供心に思ったものです。

 また幼児期の風景に高瀬川がありました。森鴎外の小説にもなった、以前はとても美しかった疎水です。 これが住んでた家の真横にあったのですが、僕が幼児期を過ごしたのは1970年代。 高度成長まっ盛りでエコロジーとかいう言葉もなく、美しいはずの高瀬川は工業廃水によって 毎日サイケデリックに色が変わっていくのです。そして夕方のサイレンがワンワンと鳴り響く頃、 友人宅へ向かうと、グリコの工場から町中に漂う、甘い匂いの中で光化学スモッグにやられた友人が うずくまっているのでした。こんな時、僕の知らない世界へ入り込んで行ってしまうような感覚を覚えたものです。

 何の感情も無いとこから、音楽は出来ません。幼児期の原体験などから来る自分の価値観、物の見え方、 その結果としての現在、自分のおかれた立場や考え方の結晶として曲が出来上がるのです。

  あぁ!しかし、こんな理屈っぽい事で作曲できるのでしょうか?そうです。できません。

  作曲に必要なのはイメージとそれを伝える技術なのですが、もっと大事なのは「衝動」です。 理屈じゃぁないのです。作曲をするという行為は、文章や絵画、建築、彫刻などに比べはるかに原始的な「衝動」の上に 成り立っています。かつて、原始的な芸術は全て伝達の為か、神事に使われていました。神事とは祭りの事です。 大漁、豊作をもたらした神に感謝を込めて、病気、災害、災いをもたらす神の怒りを沈める為に。人間は当時、大きな山や夜の闇、 自分のはかり知れない物に常に畏怖の感情を持って尊敬していました。そして理屈ではなく「衝動」的に音楽を奏でたのです。

 現代に生きる僕らにも音楽を奏でたい「衝動」という遺伝子は脈々と受け継がれているはずです。 自分の感情と向かい合った時、あなたの知らない世界からやってくる「衝動」を大事にして下さい。 きっと、あなたの音が聴こえてくるはずです。

- 文 弘田佳孝2000年 株式会社サクノスホームページ コラム「作曲のはなし」より


back